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イタリアに留学していたクラリネット奏者+元イタリア・スローフード協会会員、奥田英之の乗り物と旅の話
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セッテベッロ ETR300 Settebello

ETR300 (Elettro Treno Rapido:エレットロ・トレーノ・ラーピド)


イタリア国鉄(現在のTrenitalia:トレニターリア)をもっとも有名にした
名車ETR300「Settebello(セッテベッロ)」。


当時、客車タイプの特急列車(TEE:Trans Europ Express:1957年から運行)が主流のだったが、電車タイプの特急電車はかなり特殊な列車だった。

さらに先頭車両に展望車を接続した流線型のデザインは、世界で最も美しく、最も有名な特急電車だったといわれている。


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小田急や名鉄の展望車付き特急電車は、このセッテベッロから影響を受けたと言われている。
このように展望客席の上に運転席があるタイプの列車を、日本では「セッテベッロ形」と呼ぶほど、当時の日本に影響を与えた特急電車だった。
そして、その呼び方からも分かる通り、世界でもっとも斬新なデザインの列車だったのかもしれない。



先頭車両の側面には、トランプが描かれている。
「Settebello」の意味は、トランプの「ダイヤの7」。
写真では分かりにくいが、何枚かのカードが描かれていて「ダイヤの7」が一番上に描かれている。
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古い日本の鉄道雑誌などを見ると、
「Settebello」の意味は「7つの美しいもの」とか「7つの丘(ローマの丘陵地帯の丘)」と書かれているが、側面に書かれている「トランプ」の意味のほうが正しいと思われる。



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写真:アンコーナの車庫で休んでいた、名車「セッテベッロ」
ETR300 Settebello ad Ancona


settebello(セッテベッロ)は、1952年~1959年まで製造され1952年~1992年まで営業運転していた。
後に1編成を残して廃車になり、その1編成は団体臨時列車などに使われている。


最高速度は、時速200km。
全客席1等車、160席だった。
(後に190席に改造された)

直流3000kWでミラノ~ローマ間を5時間45分で運行していた。
(現在運行している「ES*:ユーロスター・イタリア」は4時間30分で高速専用路線、「IC:インテル・シティ」は、約5時間50分で「セッテベッロ」が運行していた当時とほぼ同じ路線)

フィレンツェ~ローマの高速路線がまだ完成していなかった為、この路線での最高速度は時速110kmに抑えられていた。
1977年の高速路線が開通してからは、最高速度が時速161kmまで引き上げられた。

1968年からTEE(Trans Europ Express)のTEE-68(TEE68号)として運行を始め、のちにTEE-76と名前が変わった。
1976年からは、列車名が「Colosseum(コロッセウム:コロッセオ)」と名前が変わった。
後に、セッテベッロから客車タイプの列車に変わり、「Colosseum」は1984年に運行が終わり、別の列車になった。

1970年頃から「セッテベッロ」に変わって、客車タイプの「Gran Comfort」に移っていった。
そして、ヨーロッパを走っていた豪華特急列車「TEE」(1等車と食堂車、サロンのみの列車だった)は衰退して、「IC」(1等車のみだった列車に2等車が連結された)へ時代と共に変わっていった。



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写真:美しい流線型は、世界中の鉄道ファンに愛される


すべての写真は奥田がイタリアで撮影したものです。


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by etr300 | 2007-06-29 21:28 | settebello/セッテベッロ
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